デンパサール養護老人ホーム訪問

Yayasan Pelayanan Lanjut Usia Wana Seraya Denpasar

in BALI

2012年9月12日 訪問

 26年程前「神々の島 バリ島」を一人で訪れてから、今回の2012年9月10日から18日までのバリ島旅行で十数回目の訪問(里帰り?)となりました。

 

 観光地などはだいたい巡っていますので、今回は今までとは違うバリ島を感じようと思い、児童福祉施設訪問を考えました。インターネットで探してみますと数施設がヒット。

 しかし、それらの児童施設には日本から旅行代理店主催のボランティアツアーなどがあり、多くの日本人(ほとんど女性)が訪れているようでした。バリ島旅行プラス、児童福祉施設ボランティア1日訪問のツアーなどです。

 そこに参加された方のブログを見ますと、中には「子供達がボランティア慣れしているように感じた」「おみやげを持って行ったが、当たり前のように受取り、喜んでいないように感じた」などの感想が記載されており、ただ漠然と訪問するのは失礼になるように思われ、今回は断念し機会があれば協会としてきちんと計画準備して訪問しようと思った次第です。

 

 そう思ってから数日後、なにげなくバリ島関係のインターネットサイトを検索していましたら、バリ島の州都デンパサールにある養護老人ホームを訪問された方のブログと出会いました。「バリ島で養護老人ホーム?」と、最初信じることが出来ませんでした。老人関係の施設は「ない」と思っていたからです。

 

 バリ島では「家族のつながり」「親戚のつながり」「近所同士のつながり」など、横のつながりが非常に強く、誰かが困ったらみんなで支え合う(それも自然体で)、そして高齢者を敬愛し、非常に大事にしているように感じていました。

 

 友人(バリ人)の家へ毎回伺うのですが、行くたび「~の兄弟の○○」と紹介されたり、「父の兄弟の妹の○○の家に行こう」、行くとさらにいろいろな親戚を紹介されます。どこの家も高齢者(一人や数名など)と一緒の生活です。

今回も○○の家で新たに数名の親戚の方を紹介されたり、ホテルに友人と一緒に尋ねて来てくれました。毎回行くたびに紹介され、親戚は全部で100名を越えていると思います。私も親戚の中に入っているようです。

 このような状況をバリ島へ行くたびに経験していますので、高齢者の施設があるとは思ってもいませんでした。

 また5年程前にバリの友人達に「バリには高齢者施設はありますか?」と聞いたところ、高齢者施設がどのような所なのかわからず、それを説明するのが大変でした。

 たしか最後まで高齢者施設のことをわかって貰えず「高齢者が病気になったら病院へ行く」との答えだったと思います。

 

 このように「バリ島には高齢者関連の施設はない」と思っていましたので、インターネットで養護老人ホームの存在を知った時は驚きでした。

 すぐに訪問してみたいとの思いが湧き上がったのですが、出発前日の9日は東京の六本木ヒルズでのセミナー講師があり忙しいため、バリ島へ行って「行けたら、行く気持ちになったら」とインターネットの記事を印刷しスーツケースに押し込んで出発したのです。

「行けなかったら、行く気持ちにならなかったら、それでも良い」という感じです。

 

 しかし10日の夜11時ころバリ島のホテルに到着し、翌日(11日)一人で朝食を食べていましたら「行こう、行きたい、行かなければ」との思いが急に熱く湧き上がり、ワクワクしてきました。

 悩んだのは「直接、訪問して良いのか」「インドネシア政府の施設なので、日本国総領事館に紹介されて訪問した方が良いのか」でした。

 NPO法人として訪問したいとの思いがありましたので、日本国総領事館に相談してから訪問しようと思い、何と言われるかわかりませんでしたが、紹介して頂く、または紹介状を書いて頂く目的でデンパサールにある在デンパサール日本国総領事館を訪ねることにしました。

 

 12日朝バリ人の友人と共にホテルを9時半ころ出発しましたが、迷いながら日本国総領事館へ、着いたのは11時過ぎくらいです。日本国総領事館へ入ることは人生初のことですので、ドキドキ状態。

 まず入口で名前や滞在ホテル名、訪問目的(相談にチェック)を記入して、次の部屋へ。

 その部屋ではセキュリティチェックで空港と同じようなゲートを通り、カメラはここで預かるとのことでロッカーへ。(ここまでは、日本語がわかるバリ人)次に日本国総領事館の受付がある部屋へ入りました。

 

 受付の方との間には、銀行と同じようなカウンターと天井からの分厚いガラスで仕切られ、インターフォンを使い厚いガラス越しに話します。書類のやりとりは、ガラスの下に空いたスペース(高さ5㎝くらい、長さ50㎝くらい)を使い行います。

 受付の女性(日本人)、最初はやはり予想通り「直接行ってかまわない」(と言うより、直接行って下さい、の感じ)とのことでしたが、「NPO法人として訪問したい」「バリ島では親戚同士の絆が強いので、このような高齢者施設はないと思っていた」「今回は私一人の訪問だが、将来的につながりを持てるかも知れない」などを話し説明しましたら、「少し待って下さい」とのことで奥の部屋へ行かれました。

 待つこと10分ほど、奥から戻った受付の方が「領事と話しましたら、協力してあげなさいとのことですので、本当にここにあるのかも確かめながら電話をしてみます」と嬉しい方向へ動き出しました。

 戻った受付の方、「先方の方と話しましたので訪問して下さい」と地図のコピーも用意して頂き、道順も教えて頂きました。「でも、13時になりましたらお昼寝になるそうです」とのこと。時計を見ましたら11時50分近くです。

 直ぐに出発しましたが、またまた迷って午後12時過ぎ目的の施設へ到着しました。

 

       バリ島で唯一の養護老人ホーム(訪問時のデータです)

       施設名  デンパサール養護老人ホーム

       運営   インドネシア政府 バリ州健康社会庁

       設立   1975年

       利用者  53名

       男性   12名

       女性   41名

       年齢   101歳~60歳

       対象   身近に介護者のいない低所得者の高齢者

       スタッフ 20名

       研修生  20名(2週間)

       24時間介護

 

 しかし初めての施設で、言葉もわからない外国の方々が入所されている施設です。訪問しても、どのような状況になるかは想像もつきませんでした。おそらく入所されている方々を遠くから眺め、施設内を案内説明されるくらいかなと思っていました。

 案内して下さったのは、エルシェ・スシラワティ(ELSUE  SUSILAWATI)さん女性。きっと彼女も日本国総領事館からの紹介でもありますし、外交辞令的に施設を案内し終了と思っていたのかもしれません。

 しかし居室近くに行きますと、庭の木陰の椅子に座り休んでいた方や、横になっていた方々が私を見つけ立ち上がり、私の方へやって来たのです。しかも笑顔で手をさしのべ握手を求め、私の顔を見て歩いてくるのです。

 何かを話しているのですが、インドネシア語ですのでサッパリわかりません。

 その声を聞いた室内の方々も入口へ集まってきて、全員で10名ほどに。

 みなさん素敵な笑顔で、「いらっしゃい」「どこから来た」(勝手に想像しました)などと良いながら握手攻めです。

 何を話しているのかわかりませんが、一緒に大笑い。その笑いが次の笑いを誘い、また大笑い。

 

 エルシェ・スシラワティさんが日本から来た人と紹介してくれたので、「日本の歌を知らないか」のつもりで、身振り手振り「ジャパニーズ・ソング」。エルシェ・スシラワティさんが察してインドネシア語に通訳しましたら、女性の方が日本語で歌を歌い始めました。

 たどたどしい日本語ですので、歌詞は良くわかりませんが「歌詞のアクセント」「リズム」「メロディ」の感じからして軍歌のようです。おそらく戦時中の若い頃、日本の兵隊さんから教わったと思われます。歌が終わった後は利用者のみなさんと共に拍手喝采、満面の笑顔。

 

 ところが、皆さん一人一人写そうとカメラを向けると、笑顔が消え写真撮影用の「まじめな顔」「すました顔」に。

「スマイル、スマイル」と言いながら撮影してますと、女性の一人が「前歯が抜けているから、笑えない」というようなことを言い、またまた皆さんと大笑い。

 利用者の方と初めて握手し笑顔でアイコンタクトを取った時、初対面なのですが「昔からの知り合い」に久しぶりに会ったような感覚となり、いつもの施設で・いつもの利用者さんと会話をしているような感じでした。

 言葉はお互いわからない外国人同士ですけど、笑顔とアイコンタクト、身振り手振りなどで「人と人は環境が違っても、国が違っても出会った瞬間、心と心は通じあえる」、ということを深く強く思いました。

 

 その後、道路の向こう側にある別棟へ。

 ここでも同じようにみなさんに暖かく迎えられ、握手をし写真を撮っていましたら、居室で昼寝をされていた方々も部屋から出てこられ、やはり握手攻めです。

 こちらの棟では101歳の方や、右腕が肩から外れたのか、肩近くで右腕が折れた女性(痛い痛いと言ってました)などを紹介され、介護度が高い方が多いように思われました。

 

 介護度が高く大変なためか、こちらの棟には研修生のみなさんがいます。

 20歳くらいの方々(女性ばかり)20名が介護研修にたずさわっているとのことですが、伺った時間が13時近くのため8名ほどが休憩のようでした。研修は2週間でその後は学校に戻り、卒業後は病院に務めるとのことです。

 

 建物や居室は日本の施設とは、ずいぶん違います。

 バリ島の一般の家は、みんなが集まる居間的な所、床は大理石のような石で天井はありますが、外とつながっています。

 庭に面した壁がない、と言った方がわかりやすいかもしれません。

 大理石のような石により床が少々ひんやりし、壁がないので風が通って熱い日中は過ごしやすい構造となっています。

 施設もバリの一般家庭と同じように平屋で、ドアがあるのは居室(寝室)だけ、廊下や皆さんが集まる所は、風通しを良くするため屋根があるだけの半野外的です。

 トイレは共同です。日本のトイレと形(和式風、洋式風)は似ていますが使い方は全く違います。初めての方は見ただけで「トイレを利用する気にはなれない」と思います。

 

 居室のベッドは、日曜大工で作ったような簡素な木製のベッドに薄いマット(布団のような)。

 最初たずねた、事務所のある棟に近い居室は改築中(年内完成予定とのこと)で、集会所のような所にベッドを並べ、ロッカーで仕切り個室のような状況となっていました。

 

  この施設の目的・使命は、

   1 訓練や技術習得(内職など)を通して、高齢者に社会福祉サービスを

     提供し、高齢者の生活のニーズ

      (身体的、精神的、社会的)を満たす。

   2 家族や社会が高齢者を受け入れ、世話をし、高齢者のニーズを満たす

     ことが出来るように

      (また、そうしたいと思えるように)支援する。

 

  活動内容は、

   1 高齢者が快適な生活を送るためのセンターとしての役割。

   2 家族がいない、世話をする者もいない高齢者に、平和で幸せな生活を

     当施設で送ることを提案する。

   3 子供が忙しく高齢者の世話ができない、そのような家族のために高齢

     者を預かる役目。

 

 となっていますが訪問して感じたことは、目を患っている方(白内障、緑内障など)が多く、それに対して何らかの処置がなされていないように思われ、怪我や病気などには対処していますが、年齢などによる身体的衰えなど(認知症も含めて)は、本人も施設もそのまま受け入れ「歳をとって終りまでの施設」と感じました。

 病気・怪我以外はそのままを受け入れ、自然に亡くなるまでの終末施設です。

 

 しかし、ここに入所されている方は幸せな方なのではと思います。バリ島(インドネシア全体も?)ではインドほどではないのですが、一部「カースト制」が残っており、また貧富の差が広がってきています。

 赤ちゃんを背負った老婆や、4歳くらいの子供が信号待ちのバイクや車の間を縫って物乞いする場面や、道端を歩いていても物乞いの風景に出会うことがあります。

 

 人口389万人(2010年)のバリ島で、高齢者施設はこの施設1ヶ所だけですので、日本から見ますと非常に少ないように感じられます。しかし朝食・昼食・夕食時家族みんなでテーブルを囲んでの「頂きます、ご馳走様」がないなど日本と違う家族観・生活システムですので、日本の感覚で勝手に決めつけない方が良いかと思うのですが、やはり少ないように思います。

 私が初めてバリ島を訪れた時から比べると、インドネシア本土からの移住者が多く増え(特に、イスラム教の方々)、欧米化も進んで様々な家族観・生活システムとなってきたこの頃、これから高齢者施設が求められていくと考えます。

 

 今回は私一人での訪問でしたが、次回訪問する時は施設利用者の方々との「心つながる」プログラムを用意し会員のみなさんと一緒に訪れ、人と人が国や言葉そして年齢を越えて心が通じ合える素晴らしい感動を、会員みなさんと共有したいと思っています。

 同じく児童施設も、遊びなどを通して「心の交流」が出来るような訪問が、出来たらと考えています。

 

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