2015年4月初旬 ロンドンを訪ねて感じた

「日本に合った音楽療法を」

大湊幸秀

<音楽療法の目的>

「国によって」また「それぞれ国内の様々な会や個人によって」多種多様な音楽療法の目的が世界中で掲げられています。しかし、それらの音楽療法の目的を大きく一言で表すと「心と身体の自己構築の援助」、「心と身体の自己再構築の援助」になるのではないかと思うのです。

「自己構築」の援助

 =自分を作り上げて行く自己構築の援助=

  現在置かれている、心や身体の状況などを見据え

  て、これからの自分を作り上げて行く。

  年齢が若い児童はもとより、高齢になっても更な

  る自分を求め、自己を構築して行くことを心身と

  もに音楽療法で援助する。

 

「自己再構築」の援助

 =損なわれた心と身体の自己再構築の援助=

  それまで獲得していた心と身体のある機能が、何

  かの原因により損なわれた、または消失してし

  まった状況下で音楽療法により、心身ともに自己

  再構築することを援助する。

上に戻る➡

再構築が可能と認められない場合は、その状況下からスタートする自己構築となる。

例えば、左手のピアニスト:舘野泉氏

今回ロンドンへの旅で、生きて行く上で基礎となる「自己」の生成、「自己」の認知、「自己」の意識などが、欧米人と日本人とでは大きく違うことに気がつきました。

<周りとの関係>

 人間、自分1人で生きていくことは出来ません。周りとの関係が非常に重要となります。

 

・家族関係 ・友人知人関係 ・仕事関係 ・親類縁

 者関係 ・隣近所などの近隣関係 ・職場関係

・学校内の関係 ・医者やスタッフとの関係

・社会全体との関係 ・神との関係

など様々な関係が周りに存在するわけです。

 

この「周りとの関係のありかた」は、日本と欧米などはもとより、世界各地で違うわけです。

まさに「所変われば品変わる」となります。

 

<日本と欧米の違い>

 2015年4月上旬ロンドンへ向かうJALの機内誌だったのか、機内で読んだ何かの本または雑誌だったのか、記憶は定かではありませんが、書かれてあったある文章が記憶に残っています。

 欧米の飛行機には「飛行機に何かあったら、まずあなたが酸素マスクをつけなさい。そのあとで周りの子供や高齢者など、助けを必要としている方に手をさしのべて下さい。と書かれている。

あなたに何かあった場合、本来助けることができる人々を助けることが出来なくなってしまう。このリスクを避けなさい。」と言うことだという。

 

 日本ではどうか。まず最初に「助けを必要としている方に手をさしのべ、それから自分へ」というのが感覚的に、常識的に、そして心の奥底にあるのではないか。欧米では「真っ先に自分の身を安全に、それは周りの方々を救う行為につながる」との考えのようだが、日本人ばかりの中で真っ先に自分が助かろうとする行為は、周りからどのように見られるかを推し量るのは簡単のように思われる。

 

<私=[個]と、皆との関係>

 欧米人と日本人の「人生観・価値観・独自性・自己認識」などの違いを一言で表すと、欧米人は「私の周りに、みんながいる」、日本人は「みんなの中に私がいる」と言えるような気がする。

 

 欧米=「私の周りに、みんながいる」

 日本=「みんなの中に、私がいる」

 

 日本では「みんなが持っているから、私も欲しい」、みんなと同じ(同じような)服や行動によって、みんなと協調し「周りのみんな」から外されないようにしなければならない。

 個人主義とよく言われる欧米では、まず私という「個」が主であり「個」が集まって、みんなという集団が出来上がっており、その集団の中にいても「個」である自分を主張することが求められる。

 

 例えば、会議で何も発言しなければ、次回の会議に呼ばれることはないらしい。

 誰かと同じ意見であっても、自分はその人と同じ意見であることの発言が求められる。

 日本のように、誰かの発言にうなずいたりアイコンタクトで肯定しただけでは、同じ意見だとはならない。言葉で知らしめなければならない。つまり「個」としての主張が求められるのである。

 

 学校の授業では「あなたはどう思うのか」「どう考えるか」「何を表現していると思うか」など、自分の意見・考えを求められる。それは中学→高校→大学と成長するに従って自己を主張する発言力の訓練となり、自己認識を強化することになると言えるのではないか。

 日本では、自己の意見を主張しすぎると「出る杭は打たれる」になることも。

 

 4月初旬には珍しいという20℃近くあった晴天の日にロンドンの街中を歩いていると、チョット寒そうだったが短パンにTシャツ姿の人が歩いていたり、少し暑そうに黒い毛皮を着ている女性が信号待ちしていたりなど、周りを気にせずにそれぞれ自分の思い・考えの服装で歩いている。また大勢いる他の誰も毛皮の彼女を気にとめてはいない。「個である、私が決めたこと。これで良い。」周りの方々も「個」を尊重し、尊重されている。日本だったら20℃近くある晴天の日に黒い毛皮で歩いていたら、ジロジロ見られヒソヒソ話をされることになるだろう。

 

<私=[個]は、年齢と共に確立される>

 ロンドンでは(映画やドラマなどを観ると殆どの欧米で)、日本の小学校6年生修了程度までは親に学校送迎が義務づけられている。事故や誘拐などの心配や学校まで遠いなどもあるが、まだ「個としての私」が出来上がってないため、親の保護が必要と考えられているのだろうと思う。

 日本では小学1年生から親の送迎なしに、一人や友達同士、上級生などと共に徒歩や路線バスで学校へ通っている。これは地域全体・社会全体で見守っているからで、登校時など道すがら地域の人々の視野に入り、「みんなが見守っている」「みんなに見守られている」のである。ただし残念ながら「以前は」の地域が多い。

 日本に来た外国人は、小さい子が1人登校している姿を見てびっくりするという。

欧米では子供(日本の小学校6年生修了程度まで)を一人で留守番させていると、近隣の方から警察などへ通報されるという。危険ということもあるが「個」への成長がまだ未成熟であることも大きな要因となっているのではと考えられる。

 日本人的には「通報したあと・通報されたあと」の近隣関係が心配となる。

 同じように「車の中に子供を残して買物」なども通報されるという。

 

<ロンドンの高齢者>

 イギリス音楽療法協会理事長とお会いした後、12:00近くでしたので昼食のためレストランへ。

 そこの周辺はロンドン市内から少し離れたところでしたので、観光客はいなく昼食時は地元の方々が使っている様子。昔の映画館をレストランにしたお店とのことだが、レストランというより、広く少し高低差のある(映画館だったので)日本で言う西洋風な居酒屋。(もともと、ロンドンは西洋だが)

 そのレストランで、日本では見られない光景に出会ったのです。20~30人の客の、殆どが70~90歳代の方々と思われる高齢者の方々なのです。

 イメージ的には高齢者施設にある西洋風の広く、少し暗い食堂で、入居のみなさんが背を丸くしてテーブルに1人ずつ座り各自昼食をとっている、見た感じ孤独な老人達です。

何人かが同じテーブルで食事をするのではなく、1人で食事をしている方が多く見られるのです。

 では、皆知らない者同士かというと、そうではなく皆顔見知りのようでした。

 隣のテーブルの人と会話をしたり、トイレに立ったついでに他の席の方と立ち話をしたりなのです。おそらく昼食時や買物時など、また近所に住んでいるなど、良く知っている顔見知り同士と思われるのですが、同じテーブルで一緒に食事をしないのです。

 その光景だけを見ますと「都会の孤独な高齢者たち」との印象を受けますが、「個人の権利の尊重は民主主義の基礎である。Respect for individual rights is the basis of democracy」とのことから、個の私を尊重し尊重されるという社会性から生まれ出た光景と思われます。

 

<狩猟民族と農耕民族>

 欧米は「狩猟民族」、日本などアジアは「農耕民族」などとよく言われます。

 狩りをするパターンは「一人で狩り」と「複数人数で狩り」の2形態が考えられます。しかし「一人で狩り」「複数人数で狩り」とも、最終的に獲物を仕留めるのは殆どの場合一人です。複数の中の一人である、「個」が仕留めるのです。そして周りから称賛されることになります。狩りに同行した複数人数で獲物を分け合ったとしても「○○が仕留めた獲物」なのです。

「農耕民族」機械化される前までは、みんなで力を合わせ助け合わなければ収穫は望めません。

「田植え」や「稲刈り」などは、Aさんのところが終わったらBさんのところなどと、みなさんと助け合いの共同作業により、多くの収穫を望むことが出来るのです。その収穫の喜びは「個」ではなく、作業に携わった「みんな」の喜びとなります。

「私の周りに仲間(みんな)がいる」と「みんな(仲間)の中に私がいる」の違いが、このような社会感からも作られて来たのでは思うわけです。

 

<日本に合った音楽療法を>

 欧米と日本の違いはまだまだ沢山みられますが、どちらかが「良い」「悪い」ではなく、また日本と欧米の方達全員を、欧米と日本のどちらか一方に分類するものでもありません。しかし、世界各地で各々違う環境・風土・社会性・感性・文化・価値観・美意識などが年月と共に育まれ、それぞれ各地の現社会、そして今の人間が作り上げられて来ているのです。

このように社会や人間性、感性などに地域性があることから、「ある地域で絶賛されたものが、他地域でも絶賛される」とは限らないわけです。

 日本の音楽療法は欧米で勉強された方々が日本で広めたため、その欧米式の音楽療法が日本の音楽療法の基盤となっています。そのため欧米への強い憧れも手伝って、欧米式の音楽療法を勉強し、勉強した欧米式音楽療法そのままを日本で展開している(再現している)状況が多々見受けられます。

「欧米崇拝型・音楽療法」「欧米コピー型・音楽療法」でしょうか。

 

ただし全てを否定するわけではなく、中にはきちんとした考えで行っている方もいますが、日本のインターネットサイトで「日本の音楽療法とは違う、本格的なアメリカの音楽療法」と書かれたサイトを見ることがあり、老婆心ながら心配になるわけです。

 

音楽療法の目的である「自己の構築」「自己の再構築」と言っても、自己そのものが欧米と日本では大きく違うわけです。欧米を崇拝するあまり、日本人特有の感性、美徳、謙虚、調和、価値観などに、あまりにも無自覚ではないでしょうか。

始まりは欧米式であっても欧米から音楽療法が日本に紹介されて半世紀ほどとなった現在、「日本で考案され、日本の方々への音楽療法」が求められていると感じるのです。

 

 日本人の感性の中には「目立たない美徳」「謙虚さ」「上品な奥深さ」「周りとの調和」「存在しない音を聞く、表現する」「音にある感情を読み取る」「周りの方々との繊細で調和する人間関係」「わび・さび」「目は口ほどにものを言い」「間を読む・間を感じる」「あいまい」など独特なものがあり、欧米の方々の自己構築・自己再構築とは違うスタイルで進めなくていけません。

 日本独特の感性に合った音楽療法スタイルを展開しなければならないと、痛切に感じるのです。

上に戻る➡

上に戻る➡

上に戻る➡

上に戻る➡

上に戻る➡

上に戻る➡

上に戻る➡

上に戻る➡

<イギリスでの音楽療法>

 イギリス音楽療法協会

 BRITISH ASSOCIATION FOR  MUSIC THERAPY(BAMT)理事長の「ドナルド・ウェザリック」氏と会談した時、対象となる方はどのような方がいるのかをお聞きしましたら、「高齢者」「身体的なことから病院に入院されている方」「精神的なことから入院・入所されている方」「終末期の患者の方」「子供たち」などとのことで対象となる方々は日本と同じようでした。

 子供たちとは、健常の子供たちの場合もあるが、殆どは日本で言う特別学級のような所でまなぶ子供たちが対象となり、学校に出向いて行うことが多いとのこと。

 そこでの音楽療法はグループ(多くても7~8人)で30~45分のセッションとなり、子供たちとは様々な楽器をもちいて即興演奏で対話する。これは当たり前なのですが、イギリス発祥のノードフ・ロビンズ音楽療法そのものです。終了後は学校の先生とのカンファレンスもあり、この時間分も音楽療法の料金に加算されるとのことです。

 高齢者への音楽療法セッション会場は、病院や高齢者施設は勿論、高齢者自身の御自宅へ出向いて行う音楽療法もあるとのことで、音楽療法スタイルとしては「個別」が多いとのこと。

 音楽療法を希望する対象者の方は、セラピスト自身で探したり、所属している会などからの紹介があるそうです。日本と違うのは音楽療法士が国家資格(1999年から)のため「NHS」国民保健サービス(国営の医療サービス業)からの依頼も多いようです。

 また「HCPC」Health and Care Professions Council(健康とケア専門職評議会)では16のカテゴリーがあり、その中のアートセラピスト(2015/5現在:登録者3.192名)に音楽療法士が登録され派遣されています。ここは国営でないため登録者には登録料が求められます。

 イギリスで音楽療法士になるには多くの勉強を必要とし、また音楽療法士と認定されたあとも2年に1回程度、審査のためのカンファレンスを受けなくてなりません。「NHS」も「HCPC」も登録には審査、登録後も再審査などを受けなくてはいけません。

イギリスで音楽療法士となり、音楽療法士を維持していくのは大変なようです。

 

<軍歌>

 高齢者への音楽療法で、第二次世界大戦中の歌についてイギリス音楽療法協会理事長の「ドナルド・ウェザリック」氏にお聞きしましたら、目の前で歌ってくれました。

 ミュージカルの主題歌でベラ・リンが歌いました「We’ll Meet Again」(1943)(また逢いましょう)で、日本に戻ってから歌詞を調べましたら次のような歌詞でした。(ネットで探し、お聴き下さい)

 ♪ また逢えるでしょう

  どこかは分らず、何時とは分らない けれど

  わたしたちは明るく晴れた日に

  また逢えるでしょう

  あなたはいつもしてきたように笑顔でいて

  青空が暗い雲を

  遠くへ運び去るまで ~~

 

「この歌は第二次世界大戦において従軍した兵士への想いを歌って、戦時下の人たちに将来の希望を与えました。戦争に勝つというメッセージではなく、生きて、親しい人を想い、再び逢いましょうという庶民の気持ちが歌詞に込められています。」

:Blog  MAGICTRAINより

 

「オーバー・ザ・レインボー」

(OVER THE RAINBOW)も歌ってくれました。

「イン・ザ・ムード」(1939)(グレンミラー)、「シング シング シング」(1936)(ベニー・グッドマン)なども使用するとのことでした。

 

 日本とは随分違います。

 日本の高齢者の方の多くは戦争体験者のみなさんで、夫や子供、親戚などの方々が戦争へ召集され出兵し「お国のため」などの名のもと、多くの方々が戦死されました。

 戦時中の歌「軍歌」は、戦意を高揚させるためや銃後を守る意識向上のため(兵隊さんはこんなに頑張っている)などに用いられました。

 例えば「同期の桜」

  ♪貴様と俺とは同期の桜 同じ兵学校の庭に咲く

   咲いた花なら散るのは覚悟 みごと散りましょ

   国のため

 

 戦時中イギリスで歌われていた歌は、「我々と祖国の自由を勝ちとろう」「愛する人々のために祖国を守りぬく」「希望を持って」など、「個の自由・希望・愛」などを守ろう、獲得しようなどとした歌が多く見られます。

 これら戦時中に歌われた歌からも、欧米では「私の周りに皆がいる」、日本では「皆の中に私がいる」を感じ取ることができます。

 日本の高齢者への音楽療法スタイルと、欧米の高齢者への音楽療法スタイルは違って当たり前と思うのです。

 

<ナラティブ音楽療法>

 このように今回のロンドンの旅で、欧米人と日本人の感性に大きな違いを感じることができました。16年ほど前から始めた私独自の音楽療法ですが、自分でも気づかずに「ナラティブ音楽療法」に向かっていったことに、あらためて納得した次第です。

 日本人特有の感性を考慮し、歌や音楽は勿論、笑い・会話も取り入れ利用者みなさんの「心と身体の自己構築」の援助、「心と身体の自己再構築」の援助を目的として、ナラティブ音楽療法をこれからもさらに推し進めて行きたいと、心に思ったロンドンの旅でした。

上に戻る➡

Return Monologue
TOP HOME

since 2013-01-1 / Copyright 2013 Japan Narrative Music Therapy Associacion. All Rights Reserved.

JNMTA

ロンドンからの帰り、ヒースロー空港で「コンコルド」を発見。